

1967年、東京綜合写真学校を卒業して萩に帰った後も写真家の道を諦めきれなかった下瀬が選んだ被写体は、萩でした。
ただしそれは、歴史ある観光地としての萩ではありません。ふるさとであり、自分が生きる日常の舞台としての、身近な萩だったのです。
萩を題材とした撮影はやがて、初の個展「萩」(1977年)や、初めての写真集『萩 HAGI』(1989年)に結実。
『萩 HAGI』では、私的な眼差しでひっそりとした街の佇まいを撮影した感性が評価され、写真家協会新人賞を受賞しました。
この受賞に、下瀬は写真家として活動を続けていく自信を得たのです。
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《口羽家長屋門と少女 -堀内-》
写真集『萩 HAGI』より 作家蔵
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《猫のひなたぼっこ -米屋町-》
写真集『萩 HAGI』より 作家蔵
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《雲 -阿武町宇田-》
写真集『萩 HAGI』より 作家蔵

下瀬がこれまで発表してきたシリーズと、その撮影に使用されたカメラとは、
カメラがシリーズのコンセプトを決めていると言ってよいほどに密接な関係にあります。
例えばこの「凪のとき」のシリーズは、6×6センチの中判カメラを設置して撮影されたものです。
正方形のかっちりとしたフォーマットにより、海からの風と陸からの風が切り替わる凪のひとときのような、
ふと永遠がたちあらわれる時間が追求されています。
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《空 -菊ヶ浜-》
写真集『萩の日々』より 山口県立美術館蔵
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《コモチシダの葉に隠れる子ども -川上村-》
写真集『萩の日々』より 山口県立美術館蔵
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《そろそろ盛夏、空にムクゲとコガネグモ -旭村明木-》
写真集『萩の日々』より 山口県立美術館蔵

「風の中の日々」は、35ミリフィルムを用いる小型カメラで撮られたスナップショットのシリーズです。
凪のシリーズとは異なり、カメラの方が動きながら、様々な日常の情景が切り取られています。
他のシリーズのように明確な目的意識のもとで構成されたというよりはむしろ、
エッセイを綴るかのように、日常の断片を集めて選択・編集されています。
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《時化が続いて久しぶりに漁があった -浜崎-》
写真集『萩の日々』より 山口県立美術館蔵
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《百足競争の準備 -明経中学校-》
写真集『萩の日々』より 山口県立美術館蔵
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《スイカと頭 -菊ヶ浜-》
「風の中の日々」シリーズより 作家蔵

「結界」は、下瀬信雄のライフワークといえるシリーズです。始まりは1990年代の初め頃。
テストを兼ねて4×5インチの大判カメラを使って身近な自然を撮影していた下瀬は、その造形に潜む必然性、人知を超えた力強さを、
さながら聖地に結界を張りめぐらすように捉えられないかと考え、このテーマに至ったのです。
本シリーズではさらに8×10インチの大判カメラによる撮影に挑んでおり、近年ではカラー版にも取り組んでいます。
20年を超える取り組みの成果は写真集『結界』(2014年)としてまとめられ、翌2015年、第34回土門拳賞を受賞しました。
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《モウソウチクの林 -萩市三見-》
写真集『結界』より 作家蔵
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《脱皮したヤマカガシ -萩市山田-》
写真集『結界』より 作家蔵
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《小さな泉》
「結界」シリーズより 作家蔵

2009年、第63回山口県美術展覧会に出品した《サンタモニカ》(本展覧会では《サンタモニカの風》というタイトルで紹介)で大賞に輝いた下瀬は、
翌年の同展覧会の会場で、前年度大賞受賞者に与えられる特別展示の機会に「日本点景」と題した展示を行いました。
日本各地で下瀬が出会った、奇妙な風景を集めたこのシリーズ。ときに合成など加工を施され、よりその不思議さが際立つ作品に仕上がっています。
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《恐竜の生まれた日》
「日本点景」シリーズより 作家蔵
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《サンタモニカの風》
「日本点景」シリーズより 作家蔵
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《よくわからない遊具》
「日本点景」シリーズより 作家蔵
作品はすべて© Shimose Nobuo