林 忠彦
《坂口安吾『カストリ時代』(1980)より》
- 1948(昭和23)年
- ゼラチン・シルヴァー・プリント
大量の紙くずが山を築き、その山に埋もれた洋モク(海外製のタバコ)の箱が所々顔をのぞかせている部屋。奥には布団が敷きっぱなしになっています。その中で座卓の原稿に向かい、丸眼鏡の奥から鋭い眼光をこちらに向けているのは、無頼派の作家、坂口安吾です。林忠彦は、坂口とは銀座のバー・ルパンで知り合い、自宅にも招かれる仲でした。ある時頼んで書斎の中を見せてもらうと、目に入ったのは坂口曰く「二ヶ年間掃除をしたことのない」室内。しかし林は「これだ!」と勇んでカメラや機材の設置に取りかかり、坂口を座らせると、複数のアングルから彼を撮影したのです。
林忠彦の代表作である文士の肖像写真のシリーズでは、単に容貌を残すという記録的な意味合い以上に、周囲の物や環境なども含めて、その人物の人格や生き方をも表す総体として捉えられています。そうした林の肖像写真の魅力がよく表れている一枚です。
作家プロフィール
林 忠彦【はやし ただひこ】
生没年 1918~1990(大正7年~平成2年)
徳山市(現:周南市)生まれ。オリエンタル写真学校を卒業後、東京光芸社を経て、1940年、内閣情報部の『写真週報』に写真の発表を始めました。戦後は、カストリ雑誌(戦後の大衆向け娯楽雑誌の総称)ブームにのって、人物写真を中心に活躍。特に1948年、『小説新潮』に連載した坂口安吾や太宰治ら文士を撮影したシリーズはその出世作として知られています。