植田 正治
《パパとママとコドモたち〈綴方・私の家族〉より》
- 1949(昭和24)年
- ゼラチン・シルヴァー・プリント
植田正治の、砂丘を舞台とした演出写真の代表作のひとつです。モデルは植田本人とその家族で、撮影スタジオのような均質な背景を得るため、4月頃の薄曇りの日を選んで撮影されました。
正方形の画面の中ほどに、彼らは一見、等間隔に単純な横並びに並んでいるように見えます。しかしよく見ると、「パパ」たる植田は「ママ」と高さを合わせるべく彼女よりもさらに奥に立っており、中央の自転車に乗った「コドモ」は、左右の「コドモ」たちよりも(場合によっては「パパ」よりも)奥にいることがわかります。植田は予め人物の配置を「オブジェを配置するみたいに並べ」て考えたといい、人物の頭部によってゆるやかな円弧を描くような構図は、綿密な計算の結果なのです。左から2番目の「コドモ」がしゃがみ構図を崩しているのは、幼児ならではのアドリブか、それとも、これすらも植田の計算だったのでしょうか。
作家プロフィール
植田 正治【うえだ しょうじ】
生没年 1913~2000(大正2年~平成12年)
鳥取県西伯郡境町(現・境港市)生まれ。中学生の時に写真に熱中し、卒業後は米子写友会に入会。1932年にオリエンタル写真学校で3カ月学んだ後、自宅で写真館を開業。日本光画協会、中国写真家集団、銀龍社などに参加し、故郷を拠点に、戦前から戦後にかけて活躍しました。砂丘を舞台に人物を配した構成的な群像写真は、「UEDA-CHO」(植田調)として世界的にも高い評価を受けています。